雲の隙間から差し込む太陽の光。
それが照らし出したモノは、荘厳に構えている木造の校舎、辺りを囲む見渡す限りの林、そして、ただ一人グランドに立っている豪自身、それだけだった。
豪は一瞬、自分の思い違いだろうと悟った。自分はまだこの学校に二回しか来ていないのだから、何かがおかしく見えても普通だろう。直になれる。そんな事を考えていた。
しかし、豪は考えをめぐらせればめぐらせるほどに、矛盾が頭の中に湧き出て来るのを感じた。
「………はい?」
豪のそばに居た憲二は、呆けてしまい何がなんだか分からない、と全身で語っていた。
「おい」唐突に豪は憲二を呼びかけた。
「今、何が見える」
その言葉で憲二は夢から覚めた。
「何って……グランドと俺たちのほかに人が一人と周りに沢山生えてる林、古臭い校舎……これくらい」
「校舎は何階ある?」
「………二階」憲二は答えた
豪は気を失いそうだった。どのように考えればこの状況を説明できるのか全く見当がつかなかった。
一年の教室は全て四階にあり、学校の地図によれば、今二人の位置から見える景色の中心に新体育館が映っていなければならず、グランドを挟んで校舎の反対側にあるのは音大のはずだった。
現実が現実を否定している。
豪は唯一、その答えにたどり着いた。
   〜続く〜

今日は

出来の良い豪にとって、高校の授業は退屈だった。
ずっと寝息を立てていた豪にとって、午前の授業はすぐに終わった。
午後は音楽の授業。生徒は管弦打、ピアノ、声楽から選択し、豪は当然管弦打を選択していた。
少しはマシだろうと思い豪が行ってみると、周りは下手糞ばかりだった。
『何をやってるんだ、コイツらは!!やる気あんのか!?』そんな事を心の中で叫ばずには居られなかった。
放課後、、「コンサートマスター」のメンバーが職員室前の掲示板に張り出される予定だった。
この学校の伝統的な行事みたいなもので、年に一度学校側が日ごろの音楽の技術が優秀な生徒から選び出し、「コンサートマスター」という名のチームが組まれる。そして、この学校の自慢でもある本格的な大公演場にて、生徒や保護者、果ては音楽業界で超有名な方々を招いて、演奏するそうだ。
だから、この「コンサートマスター」に選ばれる生徒たちは皆、名誉な事だと喜び、あまりの嬉しさに涙するものまで出てくるものも居る。
上手くいくと、音楽業界の有名な方々からスカウトされて、将来の夢にも大きく近づくこととなる。
そして、その「コンサートマスター」のメンバー表には、豪の名前がそこに記されていた。
『やはり俺か……』豪は静かに思った。
よく見ると、その表の下に練習場所が書いてあった。「新体育館」と。
そこへ向かおうと歩き出したとき、突然後ろから呼び止められた。
「四月一日……だよな?」
振り返えると、そこには豪より少し背の低い男子生徒がいた。豪は無愛想に頷く。
「お前もコンサートマスターに選ばれたんだってな。すげぇな。いや、あの上手さなら当然か。因みに俺は、里山憲二(さとやまけんじ)。オーボエだ。よろしくな。これから練習だろう?一緒に行こうぜ。」
得に断る理由もないので、豪は短く「ああ。」と答えた。
歩きながら憲二はしきりに豪に話しかけてきた。
豪は適当に相槌をを打つだけで、彼の話など全く聞かず、『一人でよく喋る奴だな』などと考えていた。
『見覚えはないが、コイツもあの中にいた奴なら、どうせ大した奴でもないだろう……』
豪はまだ校内を把握出来ていないので、とりあえず憲二について行った。
暫く行くと、それらしき建物が見えてきた。
しかし、周囲には自分たち以外に人の姿はなかった。
『もうみんな中に入っているのか?』そう思いながら豪は憲二と共に入り口に向かう。
中に入っても、人の姿はなく、灯りもついていない。
とりあえず豪はドア閉め、憲二は灯りをつけようとしたが、つかない。
何度も試したが、人気のない館内にはパチパチという音が響くだけだった。
「つかないのか?」
豪が尋ねると、憲二は苦笑した顔を豪に向け、静かに言った。
「悪い…。こっちは旧館だった」
一拍置いて、豪も思い出した。
『そういえば、学校案内に新体育館が出来たとか書いてあったな……。』
一瞬の沈黙。しかし、二人はすぐにそんなことをしてる場合ではないと気付く。
時計の針は練習開始二分前をさしていた。二人がで入り口を目指して走り出したのは、殆ど同時であったが、先にドアに手を掛けたのはよりドアに近かった壕であった。その重さももどかしく、豪がドアを開けて外に出ると、憲二もそれに続く。
そして、ドアから二、三歩の所で、二人は立ちつくした。もはや二人は何をすることも出来なかった。
自分の目を、疑うこと以外は……
  〜続く〜

皆さん、

翌日豪は、けたたましく鳴り響く、見るからに古臭い目覚まし時計にお起これた。
 「あ゛〜だるい……」
 日本に帰ったばかりのせいか、それとも家の前を度々走る、あのうるさすぎる電車のせいなのか(人が眠りに落ちかけだって言うのに、その度に家を震えさせて眠りを邪魔するんだもんなぁ)、どちらにせよ体が鉛のようにだるい事には変わりなかった。
 豪は、一つ大きくて重いため息を吐いた後、今日から通う高校の制服をのろのろと着始めた。
 いや〜、それにしても日本の高校ってのは、制服ってやつを着ないといけないんだな。と半ば感心しつつ、もう一方はめんどくさそうな感じでつぶやいて、朝食を済ませるために、下のリビングへと向かう。
 「おはよう、豪。ママね、久々に和食を作ってみたの。」
 と言いつつ、母さんは次々と朝食を並べていった。
 ぐっ、この量はとてもじゃないが食える量ではない。見ただけでも、お腹は自然と一杯になり、俺の頭の中では警報が鳴り響いている。親父も、新聞を見つつ時々こっちをまるで助けを求めているかのようにチラチラと見ている。その顔色は少し青かった……。
 にもかかわらず、朝食を並べ終えた母さんは、すでに食卓に着き、今か今かと、僕たちが食べてどう反応するかを楽しみにしていた。
 いかん、このままでは、食べすぎで腹痛を起こしかねない!今日が登校初日だと言うのに!
 豪はこの場を逃げるため、もとい窮地を脱する術を一生懸命に探していた。
 ふと、豪は時計を見た。その針は7時半を指していた。ヤバイ、残り15分しかない!しかし豪は一度時間を計るために学校に行っていたので、走ればまだ十分に間に合うのは分かっていた。
 豪はニヤリと、まるで悪党どもがする様な顔をして、いかにもワザとらしく慌てた様子で母さんに話しかけた。
 「母さん、悪いけど俺もうそろそろ学校に行かないといけないから!」
 豪は、急いで玄関に置いてあったカバンを手にして、無事脱する事に成功した。家を出るときに、親父の目から放たれていた目線が痛かった……。
 親父、骨は拾えなかったけど、親父の事は忘れないから安心して逝ってくれ。
 豪は学校へと向かう中、母さんが作ったあのとてつもなく多い朝食を懸命に食べてる親父を想像し、一人心の中で静に合掌するのだった。
―続く―

今回は

 2月という月の引っこしも四月一日豪(わたぬき ごう)にとってはもう慣れっこだった。
 父がヨーロッパでも活躍している中堅の指揮者なので、小さい頃からイタリア・フランス・ドイツ等の国々を移り住んできた。
 この『豪』という名前も、オーストラリアで生まれたから名づけられたのだ。
 今回、父が生まれ故郷の日本でオーケストラの常任指揮者になったため、両親にとってはおよそ20年、豪にとっては15歳になって初めて、日本で暮らすことになった。
 「今回は大阪のオーケストラか」空港から離れる新幹線の中で父はうれしそうに言った。
 父は40歳を過ぎていて、長身で細身、豊かなあごひげを生やしている。
 「日本で指揮をするなんて、17年前のアマチュアオーケストラ以来ねぇ」父の向かいに座っていた母が笑った。
 父と両親が楽しく思い出話をしている間、豪は窓に写っている遠くの町並みをみた。
 なぜだろう、景色が手に届きそうだ。それが眠気がらみで見た日本の印象だった。
 新幹線から降り、新居へ向かうタクシーの中から日が沈みかけているのが見える。
 「今回住むのは滋賀県の大津市、交通の便が良いし、土地も京都よりも安い。調べて見ててなかなか住みやすそうな所だ。」父は言った。
 『安い』を強調したのは母を気にしてのことだ。
 新居は線路や高速道路が交差する住宅街の中でも更に線路に近い2階建て。ここなら豪がバイオリンを弾いてもそれほどうるさがらないだろう。それが両親の考えだった。
  新居に到着した時には、引っこし業者の方がすでに荷物を中に運び入れていた。
 業者の人々は、寒さのせいか仕事をけん命にこなしているのか、頬を真っ赤に染めているのが夜の闇でも見ることができた。
 豪は家の中を器用に抜け、2階へと上がり、荷物の中からバイオリンを出し、チューニングを始めた。
 外は月だけが一つ光々と輝いている。
 「…よし」
 豪は早速練習を始めた。
 曲はバッハの『無伴奏バイオリンのためのソナタ』。
                          〜続く〜

メンバーの皆で